私達が伏見稲荷大社に着いた頃には既に4時をまわっていた。
境内を一周して、千本鳥居をくぐる。
「映画、『メモワール・オブ・ゲイシャ 』見たかい?」
「うん、見たよ。」
「主人公の芸者を演じてた女優って誰だっけ?」
「チャン・ツィイーだよ。そういえば、他に中国人女優のコン・リーも出てたよね。」
そういえば、日本の話なのに、主要な出演者は中国人女優だなとふと思った。
この話を中国人(香港人)のIとしている私は、
段々、その映画がまるで中国の話のような気がしていった。
「あの映画の中で主人公がこの神社の鳥居のなかを逃げるシーンがあったよね?」
「全然、思い出せないけど、そうだっけ?」
その映画をみたのは5年ほど前のことで、細部についてははっきりと思い出せない。
Iにはそのシーンがとても印象に残っているらしい。
「僕も、チャンみたいに鳥居のなかを走るから、写真撮ってよ。」
「いいよ。」
そう言って、鳥居の中をゆっくり走るI。
彼の後姿をシャッターを切る私。
今度は、私がチャンに扮して鳥居の中を走り、Iが写真を撮った。
日が暮れ始めて人気のなくなった鳥居の中で、大笑いする私達だった。
「もしかして、I、ここに来たかったのは、その映画のせいなの?」
Iはニヤッと笑って頷いた。
(つづく)