イタリア映画“Ieri, Oggi, Domani”は、ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニが出てくる、オムニバス・コメディ映画です。このブログも昨日(過去)のこと、今日(現在)のこと、明日(未来)のことを書いていきます。

2009年1月3日土曜日

トランスポーター3




Transporter 3 がアメリカでは11月から公開されているようだ。
Transporter といえば、友人Aを思い出す。

アメリカにいたころ、Aはテレビで Transporter を見て
すっかり主演のJason Statham(ジェイソン・ステイサム) のファンになった。
彼女の熱狂ぶりは、日本からアメリカに渡ったばかりの私には到底理解できなかった。
頭は剥げてるわ、中肉中背だし、どこがそんなにかっこいいのだろうと思ったものだ。
すらりと背が高くて、髪の毛ふさふさ、それにハンサム。。。
そんな男性がアメリカに渡った当初の理想の男性像だったのだ。

ところが、アメリカにしばらくいると、
だんだん男性を見る目が変わってくるのである。
男性を見ると、まず、胸板の厚さと腕の太さ、筋肉に
視線が行くようになっていったのだ。
日本にいた頃には私の基準になかった、肉体のSexyさを
男性に求めるようになっていったのである。

Jason は昔、イギリスの飛び込みの代表選手だったらしい。
鍛え上げられた素晴らしい肉体。ハスキーな声。
それに少々禿げてはいるが、それが却って
精悍さを物語っているように思えてくるから不思議なものだ。
そう、Aの気持ちがわかるようになっていったのである。

Transport とは英語で『運ぶ』という意味である。
Transporter とは即ち運び屋の意味である。
今回はJason演じるFrankは一体何を運ぶのであろうか?
また、アンビリーバブル、かつ、インポッシブルなアクションシーンが
満載のようで、とても楽しみである。

2008年12月24日水曜日

簡単でおいしいチーズケーキ

私がNY市に住んでいた頃、部屋にいる時はいつもテレビをつけっぱなしにしていた。
いつも見ていたのは、NY1という、NY市のニュースを主に流すチャンネル。
それから、時々HBOのドラマ、それに、フード・チャンネルという、
一日24時間、食べ物に関連する番組を流すチャンネルだった。
日本に帰って残念に思ったことの一つが、このフード・チャンネルが見られなくなったことだった。

私が最初に興味を持ったのは、エメリル・ラガッシというシェフの番組、
エメリル・ライブだった。

このエメリル・ライブとは、スタジオに招かれた観客の前での料理の実演(ライブ)と
エメリル・バンドいう名前のライブ演奏という2つのライブで構成されていた。
エメリルは料理だけでなく音楽の才能にも恵まれ、有名な音楽大学に誘われたこともあったらしい。
結局、その誘いを断って、料理の大学に進んだのだが、
この番組は彼の両方の才能が表現できる番組だったに違いない。
彼は料理やお菓子の仕上げにかける塩や、粉砂糖などを、
気合いを入れて、勢いよく、BAM!BAM!(バン、バン)と言いながら振りかけるので有名である。

よく、昔の『料理の鉄人(Iron Chef)』の再放送もこのチャンネルでやっていた。
道場さんとかが料理をつくっているのをよく見た。
このチャンネルが独自にアメリカ版の『料理の鉄人』を作って放送もしていた。
このチャンネルに番組を持つ、ボビー・フレイに、マリオ・バタリ、
そして、日本人の森本マサハル(漢字不明)が鉄人だった。
マリオのレストランはNY市にあったが、一度も行かなかった。
行ってみたかったなぁ。。。

今日、ご紹介する、レイチェル・レイは、私が大学を卒業したNY州北部の町の近くの出身だった。
同じ北部の、あの同じ空気を吸っていたのだと思うだけで、なんとなく親近感がわくものである。
レイチェルには2つ番組があり、『30分でごはん(30 Minite Meal)』と
『1日40ドル($40 A Day)』であった。
文字通り、30分間で料理を作る番組と、もう一つは旅行先で1日に$40の予算で
朝食から夕食まで、美味しいものを食べるというものであった。
前者の番組では、作りながらしゃべる、しゃべる。
いつも、よくあんなにしゃべりながら料理が作れるものだと感心していた。
後者のほうは、観光しながら、地元の人においしくて安い店を聞いて行ってみるのである。
15%のチップを支払うアメリカにおいて、チップを入れて$40の予算で
3食を食べるのだからすごい。
しかも、結構おいしそうなものを食べている。
そういや、レイチェルって、イタリア人と結婚したっけ。
それが、とても羨ましかった覚えがあるのだった。はは。。。

インターネットのお陰で、フード・ネットワークの過去の番組は
ウエブサイトで見られると知ったのは、最近のことである。
レイチェルが作る、簡単、安上がりのチーズケーキです。

2008年12月8日月曜日

変わらないビートを刻んで。。。

数日前にHugh CornwellのCD、"Hooverdam"をAmazon.comで買った。
2枚買えば10%OFFキャンペーンだったので、格安で手に入れた。
HughはThe Stranglersのオリジナル・メンバーで、
20年近く前にバンドを脱退してからはずっとソロ活動をしている。
このところ、Hughからご無沙汰気味だったが、
久しぶりにHughの今年リリースされたこのHooverdamを聴いて驚いた。

年をとってメローになったのかと想像して聴いてみたら、
とんでもないことだった。
最小のユニットで演奏していることもあり、音はかなりシンプル。
彼はギター&ボーカルを担当し、
あとはベースの若い女性とドラマーのたった3人だけ。
シンプルだが、ロックの原点に戻ったような元気で小気味よい曲が並ぶ。
かなりかっこいい。



もちろん、風貌は年をとっている。
50代後半のはずである。
でも、何歳になっても精神に宿るロック魂は変わることはない。
まだ、ロックやってるの?って聞かれても
年取ったら人間丸くなるものだよ、なんて言われても。
またいつもの変わらないビートを刻んでいるのかい?なんて聞かれても。

私の心の中にもいつもロックは熱く流れている。
普段は隠れているけれど。
まるで地下を流れる高温のマグマみたいに。
私の心がぴょんぴょん飛び跳ねた。
Hughが刻む変わらないビートに乗って。

このHooverdamはCDとDVDの2枚組である。
DVDにはBlueprintというタイトルがついていて
HughのインタビューとCDに収められた曲のスタジオ演奏を見ることができる。

2008年12月3日水曜日

めでたい話


「Iが帰国するらしいんだ。」
「え~っ、そうなの?」

Iは数年前にヨーロッパの某国からアメリカにやって来た。
アメリカ市民になるために、彼はアメリカ海軍に入隊して1年過ごした。
3年前に出会ったころの彼はアメリカの結構いい大学を卒業して
丁度会社で働き始めたところだった。
そして、彼にはアメリカ人の気立てのいい彼女もいた。
その彼が帰国するというのだ。

「国に帰ってどうするの?仕事は?彼女とはどうするつもり?」

矢継ぎ早に質問する私に、Gは説明した。
Iはアメリカ人の彼女とはしばらく前に別れていた。
久しぶりに短期間母国に帰国したIは、そこで運命の女性と出会い
更に仕事も見つけて帰国することにしたというのだ。
そして、近々結婚する予定なのだという。

話題を変えて、数ヶ月前に帰国したSについて尋ねる。

「そういえば、Sは元気にしてるのかな?」
「ああ、Sね、今度結婚するらしいよ。」
「えええ~~~!!ホントに?」

Sとはアメリカにいる時に時々一緒にご飯を食べたり
映画を見たりしたものだった。
とても優しい人だったが、彼女ができないでいた。
いつも私は、あんなにいい人にどうして彼女ができないのだろうと思っていた。

「でも、Sって3か月前に帰国したばかりだよね?なのにもう結婚だなんて。」
「3か月の間に結婚相手をみつけたんだよ。」

立て続けに2件も結婚話を聞いてびっくりした。
しかも、2人とも相手に出会ってすぐに結婚をきめたようなのだ。
運命の相手に出会うと、すぐに結婚って決められるものなのだろうか。
出会ってすぐに運命の人だとわかるのだろうか?

フランスではこんな諺があるようだ。
Les mariages sont ecrit dans le ciel.
数年前に買ったワイングラスに書かれている言葉である。
「結婚は空に書いてある。」
すなわち、結婚は運命で決まっているという意味なのだろう。

私の結婚も、私が知らないだけで、すでに決められているのかもしれない。
というわけで(?)、結婚が決まったら、すぐにお知らせします。
何もお知らせしない間は結婚が決まっていないとご理解ください。。。

2008年11月29日土曜日

Harry Potter and the Half-Blood Prince

Harry Potter And The Half-Blood Princeは
アメリカで今月上映予定だったのに
先日、ワーナーブラザーズが来年の7月に延期すると発表したのです。
どうして半年以上も先延ばしにしたんでしょうね。
アメリカで7月ってことは、日本ではその数ヶ月後、
下手したら半年後の上映になりますよね。
ってことは、、、今から1年後くらい???

あーーーっ、早く見たいーーー!

新しい予告編を見つけたのでご紹介します。

2008年11月23日日曜日

真夜中の群衆3



ユニオン・スクエアからYさんと地下鉄に乗る。
そして、グランド・セントラル駅で7番に乗り換えた。
Yさんと別れた後、ジャクソン・ハイツでEの電車に乗った。
E線でJFK空港行きのエアートレインが出ている駅まで行くのである。

Eの電車に乗った頃にはもうすっかり日付が変わっていた。
それでも車内は多くの乗客が乗っている。
少しリラックスしたころ急に車内放送が流れた。

「この電車は快速です。ご注意ください。」

そもそも私が降りる駅は快速が停まる駅だったから
特に気に留めなかった。
すると、しばらくして、また放送が流れた。

「この電車は179ストリート行きです。」

なぬっ? 179ストリート???

それはEの終着駅ではないような気がして車内の路線図を確認する。
案の定、それはEの終着駅ではなく、Fの終着駅だった。

えっ? もしかて、私、電車間違えて乗っちゃった??

一瞬、頭が混乱する。
確認のため車体に書いてある表示を見てみる。
何度見ても、車体にはEという文字が書かれている。
なんのことはない、MTAが勝手にEの電車をFに使用したというわけだった。
そして、ここが肝心な点であるが、乗客は乗って初めてそれを知らされたのだった。

「Jamaica CenterへはUnion Tpke駅からシャトルバスが出ます。」

バスに乗れる人数が限られているだろうと思うからだろうか。
Union Tpke駅に着くと、乗客は無言で、そして足早に駅の出口に向かった。
乗客はほとんどがJamaica地区に住む黒人のようだった。
皆、長い一週間が終わり疲れた体で家に帰るところなのだろう。
JamaicaとはNY市の中でも黒人が多く住む地域の一つである。

気がつくと、夜の12時30分をとっくに過ぎている。
日本よりも気温と湿度の低い澄んだ夜空には美しい星が輝いていた。

☆ ☆ ☆

こうして、冒頭のMTAが用意したバスに乗り、Sutphin Blvdで降り、
エアートレインとホテルのシャトルバスを乗り継いで
ホテルにたどり着いた頃には1時半を過ぎていた。

翌日は早朝のフライトだったため、夜のうちに荷造りをし
それから熱いシャワーを浴びてベッドに入ったのは2時半。
翌朝は5時起きだったため、睡眠時間はたった2時間半しかない。

無駄に広いキングサイズの真ん中にたった一人で体を横たえる。
もうすこしこのベッドでだらだらと過ごしたかった、
そして、いま、このベッドの上の私の隣に、
愛する人がいてくれたらどんなに良いだろう、
そんなことを考えながら眠りについた。



日本に帰って、あっという間に1ヶ月以上が過ぎて行った。
今回は体調が悪かったせいか、時差ボケがひどく
日本に帰ってきてからも、しばらくグロッキー気味だった。
観光旅行と異なり、地方都市の友人宅でただただゆっくりしただけ。
しかも、何度も行っている場所なので別に珍しさもなかったが、
久しぶりに友人に会えた嬉しさに感動してうるうるした旅だった。

体はしんどかったけれど、どんなに忙しい人でも、どんな立場の人でも
自分を取り戻すために、旅は必要なのではないかと思った。

(The End)

2008年11月16日日曜日

真夜中の群衆 その2


友人の住むR市からJet Blueの飛行機に乗って
NY市に着いたのは午後1時半ごろだった。
翌日のフライトが早朝だったため、
その日はJFK空港の近くにあるホテルを予約していた。
ホテルにチェックイン後、1時間弱部屋で過ごしたのちNY市内へ向かった。

地下鉄をEから懐かしの7に乗り換え、
会社最寄りの駅で降りた。
いつも通勤で通っていた道。
まったく何も変わっていない。
まるでタイムスリップしたみたいだった。
私が向かった先は以前働いていたオフィスだった。

私が会社を辞めたのは約2年前。
H1-Bビザの申請が間に合わず帰国を余儀なくされたのだった。
会社を辞めてから初めて訪れるオフィス。

たった2年、されど2年。

会社は私がいたころよりも人数が大幅に増えていた。
びっくりしたのは、私が働いていたころのメンバーがかなり少なくなっていたことだった。
何事もどんどん変化していく。
わかってる筈なのに、一抹の淋しさをかんじた。

懐かしい人たちとの再会。
皆さん、元気で頑張っておらるようだった。
なんと、ちょうどアメリカに来ていたM社長の姿まで見られた。
もっとNY市で時間を作ればよかったと後悔した。
後悔先に立たず。
翌朝にはNYを発たなければならないのだった。

その後、Yさんをマンハッタンで買い物につき合わせた。
金曜の夜だったため、街は人でごった返していた。
夕食をとるべくレストランに入ると、45分待ちだと言われてしまう。
お腹はぺこぺこ。
別の所に行ってみたが45分待ちだった。
ベトナム料理のSaigon Grillに行くと、25分待ちと告げられた。
待ち時間が一番短かったため、そこに決めた。
30分以上待って、
ようやくテーブルに着いた頃にはすでに9時を回っていた。

(To be continued)