イタリア映画“Ieri, Oggi, Domani”は、ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニが出てくる、オムニバス・コメディ映画です。このブログも昨日(過去)のこと、今日(現在)のこと、明日(未来)のことを書いていきます。

2010年5月29日土曜日

愛国心

会社での会話。

私「ねえねえ、今回のワールドカップではどのチーム応援するの?」
A 「そりゃ、日本に決まってるでしょ?
  じゃ、Iさんはどこのチームを応援するんですか?」(※Iさんとは私のこと)
私「イタリアに決まってるじゃん。」
A 「イタリア?!」
T 「イタリアに注目の選手はいるんすか?」
私「ま、特に注目すべき選手もいないですけどね。」
A 「え?じゃ、どうしてイタリアを応援するんすか?」
私「ん~。これって愛国心なんだよね。」
A、T「愛国心?Iさんはイタリア人じゃないじゃないですか。」
私「なんていうかさー、昔からイタリアが好きでずっと応援しているからね。
  たぶん前世はイタリア人だったんだと思う。だから愛国心。」
T 「イタリア人はかっこいいですからね。」

男前揃いのためイタリアファンのように誤解されてしまった。
ええ、認めますとも。
イタリア男はなぜかかっこいいです。Sexyです。
インターネットのお見合いサイトで男性が自分のプロフィールに
『イタリア人』とか『イタリア系』とか書くと、女性からの受けは格段に良くなります。
イタリア男の、色男ぶりはきっと遺伝子に書き込まれたものなんでしょう。
でも、それが私がイタリアを応援する理由ではありません。
なんの掛け値なしに、損得もなしに、応援してしまう。
どんな選手がいても、いなくても、イタリアに勝って欲しい。
これって、愛国心以外の何物でもないじゃありませんか!
え?違う???

面白いビデオを見つけました。



6年くらい前のイタリア代表チームのメンバーが歌を歌ってます。
私が好きだったデルピエロとか、王子様と云われたトッティなどはソロで歌ったりしてます。
二人とも残念ながら、今回の代表チームには呼ばれませんでした。
ガットゥーゾや、ピルロ、カンナバロ、ザンブロッタ、ブッフォンなど、
今回の代表チームに召集されたプレーヤーの姿も見えます。
いずれにしても、若者が集まって、照れたり、大笑いしながらも
最後にはノリノリで歌ってしまうところが見てて楽しいです。
それにしても、イタリア人のあの陽気な気質は食べ物に原因があるかも?
と、最近読んだ本に書いてありました。
(『体温を上げると健康になる』齋藤真嗣著)
彼らが毎日食べるトマトには、ギャバというストレスを緩和させる成分が
多く入っているからだそうです。
ちょっと余談でしたけど。。。

頑張れイタリア!!

2010年5月28日金曜日

熱にうなされて

あああああああああああああああああああああああ。。。。。。。。

とうとう気が狂ったわけではありません。

日々、興奮が高まってきてます。

もう~ いくつ寝るとぉ~ ワールドカップ!!!!!!

頭の中では、ずっとイタリアの国家が鳴り響いています。

こんな感じです。



この映像は前回のワールドカップのときのものです。

ちなみに、前回のワールドカップの覇者はイタリアです。

2連覇に向けて、Forza Italia!!(頑張れ、イタリア!!)

2010年5月23日日曜日

心の働き


「ねえ、聞いて。」と、私。

「どうしたの?」と、G。

「さっき、髪の毛洗ってたら、右耳に水が入って出てこないの。」

「頭を振ってみたら?」

「もう、やった。いつもだったら、それで出てくるんだけど。。。」

そう言いながら、段々、気分が悪くなってきた。

「綿棒で水分を吸い取ってみたらどうだい?」

「やってみたけど無駄だった。もっと奥の方に入っているみたい。」

「ドライヤーで耳の中を乾かしてみたらどう?」

「そうだね、やってみる。」

そう言って、右耳にしばらく熱風を当ててみた。。。

「あっ、あつっ、熱~~!!」

火傷寸前でドライヤーをHotからCoolに切り替えた。

それでも、特に耳から水が出た様子はない。

「もう~、耳がやけどするかと思ったよ~。」

「5歳児に言うように『火傷に気をつけて』って言うべきだった?」

「ふんっ。」と、むくれる私。

しばらくすると、鼻水が出てきた。

あれっ?

もしかして、耳から入った水が鼻から出てきたのかも。

そういえば、なんか耳に違和感がなくなった気がする。

「ねえねえ、水、鼻から出てきたよ。」と、喜々として言った。

「それは、よかった。」

「うん。だって、鼻と耳はつながってるんでしょ。」

「そうだね。耳は耳管から鼻へとつながっているんだ。

 ちょっと待てよ。鼻から水がでてくるなんて不可能だよ。」

「え?どうして?」

「だって、間に鼓膜があるからさ。」

頭を振ってみると、耳の奥がちゃぷちゃぷ音がして、

確かに水はまだ耳の中にあるようだった。

「そういえば、やっぱり水は出てないみたい。。。」

急にまた先ほどの心配が戻ってきて、元気をなくす私だった。

「大丈夫。きっと寝ている間に水は出てしまうから。」

「ううう。」

「最悪でも、2~3日できっと出てるから、心配ないよ。」

「もう、寝るね。」

「右耳を下に向けて寝るんだよ。」

Gの言った通り、寝ている間に水は出たようだった。

それにしても、心の働きというものは不思議なものだ。

鼻から水が出ただなんて、どうして考えたのだろう。

些細な心配から自分を解放するために、

潜在意識が仕掛けたのかななんて思ったりして。。。

2010年5月19日水曜日

虚ろな勝利



今から2カ月前。
タイに出発前日にGは言った。

「赤い服は着てきちゃダメだよ。」

何を冗談みたいなことをいっているんだろうと思った。
しかも、赤は私が一番好きな色である。

「どうしてよ?」
「明日から反政府デモが予定されているんだ。」
 
赤い服とはいわゆる'Red Shirts'(赤シャツ)と呼ばれる反政府派。
ちょうど私がバンコクに到着する前日に北部から集まってきた人達だった。
噂では、国外追放中の前首相タクシンから資金がながれているらしい。
タクシンは多額の財産が政府によって凍結されており
その財産を取り戻すため、今回のデモを計画したのだろう。

最初はのんびりした様子だった。
赤シャツはトラックやバイクなどに乗って
赤い旗や手を振ったりして大きな通りを通りすぎていくだけだった。
首相府の前では多くの赤シャツが簡易な小屋を建てていて
しばらくデモを続けるつもりなのだと思った。

2、3日後には、首相を含む政府3名と反政府派3名が会談した。
テレビのニュースに映る会談の様子は信じられないものだった。
小さな机を挟んで向かい合って座る6名は
激昂する様子は全くなく、穏やかに話し合っていたのだ。
さすがに、ほほ笑みの国といわれるタイならではだなぁと感心した。
そもそも、私の常識からして、反政府派と会談すること自体あり得ないことだった。

その後、終わらないデモに、タイ政府は11月に総選挙をすると発表して
赤シャツに大きく譲歩した。
最初から、赤シャツは、現在の政府は選挙で選ばれた政府ではないとして
議会の解散と、総選挙を要求していたのだ。
ところが、欲を出した赤シャツは、それでも尚デモを止めないと発表した。
その後、首相はもう赤シャツとは対話しないとして、11月の総選挙を撤回した。
そして、今回の強制排除へとつながっていった。

銃撃戦が行われたルンピニ公園はナイトバザールが隣接しており、私も買い物に出かけたところだ。
セントラル・ワールドというバンコクで2番目に大きなショッピングセンターはすっかり焼けて無残な姿だという。
シアムという商業地区には、紀伊国屋書店や伊勢丹がはいった、
パラゴンという建物があり、赤シャツによって放火されたそうだ。
「もう、紀伊国屋書店はないなんて。。。」
Gは悲しそうに言った。
日本語の本を買いに行ける唯一の書店だっただけにショックを隠せない様子だ。
私も、一緒にパラゴンに行っただけに、信じられないような気持になった。

今回のデモで、多くのビジネスが影響を受けた。
自分の要求さえ通れば、政府とは何の関係もない人々に迷惑をかけてもよい、
デモの解散に不満だからという理由で、建物に火をつけてもよい、
一体誰が、そんな姿勢の赤シャツを支持するというのだろうか?

一刻も早く、赤シャツが逮捕されて、タイが元のほほ笑みの国に戻ることを望む。

2010年5月12日水曜日

映画村のひらいチャン?

ゴールデンウィークの或る日、
数カ月ぶりに出会った友人2人と嵐山に向かって電車に乗っていた。
友人のKが嵐山の竹林を散策したいと言ったからだ。
電車のアナウンスが次の駅名を告げた。

『次は太秦(うずまさ)』

誰かが言った。

「ねえ、太秦映画村って行ったことある?」
「ない。」
「私も。」
「私も。。。」

ここで3人とも太秦映画村に行ったことが無いと判明する。
「行ってみる?」
「うん、行ってみよ。」

急きょ、太秦駅で電車を降りる私達。
太秦駅から歩くこと約15分。
ようやく映画村に到着。
入口で入村料(映画‘村'のため)が¥2200だった。
高いとブーブー文句を垂れながら入村する。

映画村の中をぶらぶら歩いていたら、映画村散策ツアーの一団に出くわした。
坂本龍馬のような格好をした東映のお兄さんが、
映画村についての説明や撮影裏話をしながら
50名くらいの人を引連れて歩いている。
面白そうなので、ツアーの途中からいきなり参加してみる。
ツアーを率いていたのは、平井さんという役者さんだった。
ツアーの最後に平井さんはは言った。

「明後日は京都駅まで修学旅行生を迎えにいってきます。
 これからも、私、平井チャンを応援してくださいね。」

ふうん。
映画村の役者さんは色んな事をやらされるんだなぁと思った。

そして、2日後、会社の食堂でニュースをみながら昼食を食べていたら
NHKのローカルニュースで、平井チャンが修学旅行生を京都駅で
出迎えているのがニュースになって画面に写った。
思わず、「あーーーー、この人知ってる!!!」と指さして叫んでしまった。

平井チャンは、2日前とおなんじ龍馬の格好をして、
偽物の刀で修学旅行生を斬りまくっていた。。。

下の画像はYoutubeにアップされていた平井チャン

2010年5月5日水曜日

風邪をひいたこと

遡ること約3週間前のこと。
ある日の夕方、仕事中に喉に痛みを覚えた。
その痛みを怪しみながら寝床につく。
翌朝、喉の痛みはひくどころか、
体が妙に熱っぽいことに気づく。

熱を測ると、37度台半ばだった。
あー、とうとう風邪をひいてしまったのか、と思った。
昨年の冬は、シーズンを通して全然風邪をひかなかった。
それが良い自己管理の証拠のような気がして誇らしかった。
それが、今度は高熱はでていないものの、風邪の症状がでていた。

最初から会社を休むという考えは浮かんでこない。
その週は他に用があって木曜日に休む予定だったし
それに加えて、仕事が忙しくて休む余裕がなかった。
ちょっと熱があるくらいで休むに値しない。
発熱も体がウイルスを闘っている証拠なのだから
不用意に熱を下げたりしないほうがいい。
と、どこかで読んだことを思い出した。

熱は2日間で下がった。
しかし、喉の痛みと鼻水は続いた。
激しく咳き込み続けたため、とうとう一週間後には
喉が炎症を起こして、声が枯れたようになって
ほとんど出なくなった。
高い声は全くでない。
それでも、仕事上で人と話さないわけにはいかない。
得意先に電話をして、低い、性別不明の声で話す。

アパートに戻り、声が出ないとGに相談する。
喉を冷やしたらだめだよ。
喉を温めないと、喉にいる病原菌が死なないよ。
それを聞いて、アパートでも職場でも喉元をタオルで巻いた。
かなり奇妙な格好だったが、もうなりふり構っていられない。

一杯になった屑籠をまじまじと見る。
屑籠の中には鼻をかんだ後のティッシュで山盛り状態である。
夜しか過ごさないアパートの屑籠でさえ、この有様なのだから
一体一日にどれ位の鼻水がでるのだろうと考えずにいられない。
鼻をかんだ後から、すぐに鼻水がでてくる。
一体、この鼻水というものは、どこから湧いてくるのだろうと考えた。

Wikipediaで調べてみる。
『鼻水は、鼻腔内の鼻腺、杯細胞などから分泌された粘液、および血管からの浸出液などの混合物である。風邪をひいた、花粉症にかかった場合などには、鼻や喉に付着した病原菌や花粉を殺菌し洗い流すために大量の鼻水が分泌され、鼻からあふれ出ることになる。』

そうか、鼻水には病原菌が含まれているのか。
では、鼻が出るからといってすすったりできない。
それは、折角体外に出ようとしている病原菌を体内に留めるようなものである。

3週間が過ぎ、長引いた風邪もようやくなおりそうだ。
ようやく喉の痛みは取れ、鼻水も以前ほどは出なくなった。
それでも、いまだに時折鼻をかまなければならないけれど。