2011年8月6日土曜日
Harry Potter And The Deathly Hallows Part II
今日、最後のハリー・ポッターをようやく劇場で観て来ました。
7月15日に公開されてから、20日も経っていますが
母と妹の家族と一緒に行くことになっていたため、
お互いの予定が合うのが今日だったのです。
実は妹の家族5名の観たのはハリー・ポッターではなくCars 2だったんですけどね。
ハリー・ポッターは母と二人で観ました。
ハリーと、ハリーの仲間たちと、ヴォルデモートとの最期の戦いは
いつもながら、いえ、いつも以上にすごい映像の連続でした。
私はハリーや彼の仲間たちの命を賭けたすさまじい戦いに、
もう途中から涙が止まらなくなって最期まで涙がずーっと流れっぱなしでした。
目の前の恐ろしい敵に向かって、
命を失うことをも恐れずに敵に向かっていく仲間たち。
フレッド、ルピン、トンクスなど、実際に戦いの中で命を落とす人々。
そして、スネイプの秘密と死。
ダンブルドアとの再会。
すべてが凄くて感動したのですが、
実は一番感動したのは次のシーンだったのです。
このシーンは原作を読んだときからすごくジーンときたのですが、
ハリーとヴォルデモートとの一対一の戦いで
ヴォルデモートの放った死の呪いがハリーを直撃しハリーが倒れてしまったのです。
ヴォルデモートがハリーは死んだのかと尋ねた時
彼の死を確かめるためにハリーのところに行ったのは
マルフォイのお母さんだったのです。
彼女はハリーが生きてるのを察知して、ハリーの耳元で尋ねました。
「マルフォイは生きてる?城の中にいるの?」
ハリーは、ただ一言「Yes」と、彼女にしか聞こえない位小さな声で答えたのでした。
それを聞いた彼女はヴォルデモートの方を振り向いて
「(ハリーは)死んでいます。」と報告するのです。
彼女の母親としての子供に対する愛情が、結果としてハリーを救ったのでした。
ブラボーなお母さんがもう一人。
それは、ロンのお母さん、モリー。
ベラトリックス・レトランジがジニーに向かって死の呪いを放ったのを見た彼女は、
「私の娘に手出しはさせないわ!このビッチ!」と叫んで
ベラトリックスに向かっていったのでした。
モリーはそもそも魔女とはいえ、長年専業主婦をやっていて、
たくさんの子供達を産み育ててきたお母さん。
その彼女が自分の子供達のために手ごわい相手に向かっていく姿には凄みがありました。
ベラトリックスはヴォルデモートの忠実な僕で、
さらにハリーの名付け親のシリウス・ブラックを殺した張本人でした。
モリーはとうとうベラトリックスをやっつけてしまいます。
愛。
親子の愛。
師と生徒の愛。
友人間の愛。
恋人同士の愛。
愛は全てを超越する。
愛は全てに勝利する、そう思えました。
そう思えたときに、私の体の中に、
何か強い、電流のようなものが流れたような気がしました。
素晴らしい物語に、
J.K.ローリングスの豊かな想像力に拍手したい気持ちでいっぱいになりました。
皆さんも出来たら映画館で見てください。
すごい迫力ですから。。。
ちなみに、妹の家族が観たCars 2 はこちら。
2011年7月31日日曜日
Le Tour De France (ツール・ド・フランス)その1
とうとう火がついてしまいました。
自分の興味があることをなんでも私と共有しようとするG。
昨年から私にツール・ド・フランスを観ろと言っていたのですが、
去年はワールドカップが同時期にあり、まったく興味を持てませんでした。
ところが、今年は初日からつい観てしまい、気がつくとすっかりはまっていました。
サイクリングについては、何の知識もなかったため
選手はただ自転車に乗っているだけだと思っていたんですが、
観ていくうちにかなり奥深いスポーツだってことがわかってきました。
ヨーロッパやアメリカにサイクリングのチームがあります。
その中から、22チームが参加し、各チームから9名の選手が出場します。
各チームにはチームリーダーがいて、チーム全体でチームリーダーを盛り立てるんです。
それには色々な作戦、戦術があるようです。
約3週間の期間中、休みはたった2日のみ。
一日の行程をステージとよび、全部で21ステージあります。
毎年、ルートは変わるようですが、最終日の21ステージ目は
パリのシャンゼリゼ通りを通ってゴールすることになっています。
各ステージは約200キロもあります。
200キロを21日間毎日疾走するのですから、まさに、鉄人レースです。
ステージ毎にいろいろな特徴があります。
比較的、平地の多いステージや、平地と山の含まれるステージ、
また、いくつもの高い山が含まれたステージなどがあります。
山にも高さによって、レベルが区別されています。
1~4まで、数字が小さいほど山が高くなります。
その他にHCというレベルがあり、これは1以上の凄く高い山になります。
4つのジャージがあります。
黄色のジャージの「マイヨ・ジョーヌ」(maillot jaune) は
通算で一番ゴール時間が短い人に与えられます。
緑色はスプリント賞。
白地に赤の水玉は山岳賞。
白は新人賞。
スプリント賞や山岳賞などは、ステージのある区間での勝負になり、
ポイントが与えられるようです。
そのポイントの累積が一番高い者がジャージを着ることができるようです。
では、一体、誰が優勝するのか?
それは通算で一番短い時間でゴールできた選手です。
マイヨ・ジョーヌを20ステージが終わった時点で与えられた選手が優勝となります。
(21ステージはお祭りのような、お互いの健闘をたたえあうような
リラックスしたステージでカウントされないのです。)
1日だけ早くても、全体で見ると順位が下のほうだったりします。
すべてのステージにおいてコンスタントに早い選手が勝利できるのです。

写真は、最初のステージを終え、
白以外の全てのジャージを総なめにしたフィリップ・ジルベール(Philippe Gilbert)
Breaking sports news video. MLB, NFL, NBA, NHL highlights and more.
自分の興味があることをなんでも私と共有しようとするG。
昨年から私にツール・ド・フランスを観ろと言っていたのですが、
去年はワールドカップが同時期にあり、まったく興味を持てませんでした。
ところが、今年は初日からつい観てしまい、気がつくとすっかりはまっていました。
サイクリングについては、何の知識もなかったため
選手はただ自転車に乗っているだけだと思っていたんですが、
観ていくうちにかなり奥深いスポーツだってことがわかってきました。
ヨーロッパやアメリカにサイクリングのチームがあります。
その中から、22チームが参加し、各チームから9名の選手が出場します。
各チームにはチームリーダーがいて、チーム全体でチームリーダーを盛り立てるんです。
それには色々な作戦、戦術があるようです。
約3週間の期間中、休みはたった2日のみ。
一日の行程をステージとよび、全部で21ステージあります。
毎年、ルートは変わるようですが、最終日の21ステージ目は
パリのシャンゼリゼ通りを通ってゴールすることになっています。
各ステージは約200キロもあります。
200キロを21日間毎日疾走するのですから、まさに、鉄人レースです。
ステージ毎にいろいろな特徴があります。
比較的、平地の多いステージや、平地と山の含まれるステージ、
また、いくつもの高い山が含まれたステージなどがあります。
山にも高さによって、レベルが区別されています。
1~4まで、数字が小さいほど山が高くなります。
その他にHCというレベルがあり、これは1以上の凄く高い山になります。
4つのジャージがあります。
黄色のジャージの「マイヨ・ジョーヌ」(maillot jaune) は
通算で一番ゴール時間が短い人に与えられます。
緑色はスプリント賞。
白地に赤の水玉は山岳賞。
白は新人賞。
スプリント賞や山岳賞などは、ステージのある区間での勝負になり、
ポイントが与えられるようです。
そのポイントの累積が一番高い者がジャージを着ることができるようです。
では、一体、誰が優勝するのか?
それは通算で一番短い時間でゴールできた選手です。
マイヨ・ジョーヌを20ステージが終わった時点で与えられた選手が優勝となります。
(21ステージはお祭りのような、お互いの健闘をたたえあうような
リラックスしたステージでカウントされないのです。)
1日だけ早くても、全体で見ると順位が下のほうだったりします。
すべてのステージにおいてコンスタントに早い選手が勝利できるのです。

写真は、最初のステージを終え、
白以外の全てのジャージを総なめにしたフィリップ・ジルベール(Philippe Gilbert)
2011年2月13日日曜日
誕生日プレゼント
今日、今年の自分への誕生日プレゼントを予約しました。
ここ数年では最も高価なプレゼントです。
それは。。。
新しい車です。
色はピンク、車種は写真の通りです。
(そう、即ち、TNP...)
ま、ただ単に車検を前に新車に乗り換えたってだけなんですけど。
丁度、車検と誕生日が同じ位の時期なのです。
久しぶりの新車で、へたすると10年振りくらいで新車を買うことにしました。
なんて、大げさな!たかが軽自動車でしょとお思いでしょうが、
アメリカに行ってから大きな買い物をしてなかったので、
清水の舞台から飛び降りるような感じ(大袈裟?)でした。
本当は、新車を買う迄に嫁に行くつもりだったんですけどね。。。(^^;)
ここ数年では最も高価なプレゼントです。
それは。。。
新しい車です。
色はピンク、車種は写真の通りです。
(そう、即ち、TNP...)
ま、ただ単に車検を前に新車に乗り換えたってだけなんですけど。
丁度、車検と誕生日が同じ位の時期なのです。
久しぶりの新車で、へたすると10年振りくらいで新車を買うことにしました。
なんて、大げさな!たかが軽自動車でしょとお思いでしょうが、
アメリカに行ってから大きな買い物をしてなかったので、
清水の舞台から飛び降りるような感じ(大袈裟?)でした。
本当は、新車を買う迄に嫁に行くつもりだったんですけどね。。。(^^;)
2010年10月18日月曜日
見つめ合う二人???(もとい、一人と一頭)
私は恐る恐る彼の傍に近づいた。
彼をそっと見つめる私。
はるか彼方を見ていた彼が急に私の方に振り向いた。
そして、一瞬、彼と私の眼が合った。。。
「怖っ!」
私は心の中でこう叫ぶと、彼の傍から逃げ出した。
---------------------------------------------
ええ。。。
怖すぎました。
ここでの彼とは大きな虎です。

↑逃げる私
これは、タイのチェンマイにある、Tiger Kingdom での話です。
チェンマイの空港に到着して、各種パンフレットを漁っていた時、
Tiger Kingdomのパンフレットをみつけたのでした。
トラ王国ってどうよ??なんて、ネーミングが可笑しくて笑っていたのですが
まさか自分が実際に、そのトラ王国にいって虎を撫でることになるとは
そのときには夢にも思っていませんでした。
---------------------------------------------------
チェンマイで2日目の夜、Gと私は、次の日何しようなんて話していたのです。
何か参考になるものがあるかもと思い、ホテルのフロントに降りて行き
各種ツアーが置いてあるツアーデスクでパンフレットを見ていたのです。
その時、目に留まったのが、セダンタイプの貸切車で行く一日ツアー。
行先:蘭ファーム、メーサ象キャンプ、モンキー・スクール(学校ってどうよ??)、
スネーク・ファーム、タイガー・キングダム、首長族などの民俗村。
「あっ、このツアー、タイガー・キングダムにも連れて行ってくれるんだね。」
象、猿、蛇、虎と、
一日に動物が満載のような気がしましたがツアーに申し込むことに。。。
タイガー・キングダムに到着すると
まず、どのサイズの虎にするかを決めてチケットを購入します。
大、中、小。
あるいは、大と小とか、コンビネーションを自分で決めることもできます。
トラ好きのGは、迷わず、大を選択。
「僕は大きいのがいいけど、君はそれでいい?」
「うん、まあ、いいよ。」
入場料にはAIGの災害保険料が自動的に含まれていて、チケット購入時に
保険加入書類にサインします。
万が一、虎と何かあった時(咬まれたり、引搔かれたり?)のための保険のようです。
飼いならされているとはいえ、トラは野生の動物ですから
いつなんどきどんなアクションを起こすかわかりませんからね。。。
注意事項
・トラの写真を撮るときフラッシュはたかないでください。
・トラを触るときは、はっきりと強く撫でたりたたいたりしてください。そっと撫でられるとトラは反応します。
・トラの近くで急な動きをしないでください。
・荷物は檻には持ってはいらないでください。
私たちは、大きなトラの檻の前に連れていかれました。
三つの檻があり、それぞれの檻には一頭づつトラが入っています。
私たちは3つの檻に順番に入って、トラをなでたり、トラの上に寝そべったりして
写真を撮ることになっていました。
私たちに与えられたのは15分。
私たちの順番を待っている間、人々がトラと写真を撮っているのを眺めながら、
ふと、なんで、お金を払ってこんな危険なことをしようとしているのだろうと
思ったりしました。
30分ほど待ったあと、ガイドが私たちに一つ目の檻に入るよう促しました。
その時の私は、まるで死刑を宣告された囚人のような気持になりました。
檻の中には、私とGとガイドと大きなトラ一頭。
まず、Gが寝そべっているトラの後ろに座って、撫でたり
トラを叩いたりしました。
その間、私はカメラマンになって、Gとトラの写真を撮り続けました。
ガイドが言った。
「さあ、今度はあなたの番ですよ。」
一瞬、固まる私。
「あっ、私は結構ですから。。。ははは。。。」と、
言おうかと思いましたが、頭をよぎったのは入場料のこと。
せっかくお金を払ったのだし、やってみるか。。。(←セコイ?)
勇気を振り絞って、トラの後ろ側に座ってみた。
「はい、じゃぁ、撫でてください。」と、ガイド。
恐る恐るトラを撫でてみた。
そうだ、はっきり強く撫でなきゃヤバいんだっけ?
撫でていますよと主張するように、強く撫でたたり、叩いたりした。
ふ~ん、トラってこんな毛並なんだ。。。
ちょっと固めの長い毛の下には短い柔らかい気が生えているようだが
量はそんなに多くない。
そして、ちょっと湿っているような気がした。
「じゃ、次はトラの上に寝そべってください。」
え?
引きつる顔。。。
それでも、なんとかやってみる。
一通りやって、次の檻へ。
この檻のトラは細長い台の上に外を向いて寝そべっていた。
また、Gから先にその台の上に座って、トラに寄り添うようにすわって
トラを撫でたり、頬を寄せたりして写真を撮る。
今度はGと一緒に写真を撮ってもらったりした。
さて、とうとう最後の檻へ。
今度のトラは横座りしている。
即ち、今までの二頭と異なり、頭を起こしているのでした。
Gが傍に座って撫でたりしている間、
そのトラはGをじっと見たり、軽く口を開けたりした。
ガイドが棒のようなもので、別のところを叩いて
注意をそちらに向けようとしましたが、
そのトラは何度もGの方に向いていました。
私の番になって、トラの傍に座って撫でようとした瞬間
トラが私の方にくるっと向きを変えた。
そして、至近距離でトラと目が合った私は
すっかり肝をつぶしてしまい、それ以上は無理でした。
(冒頭に書いた通りです。。。)
トラとの対面を果たした後に、
「僕たちの時間は15分もなかったよね?」と、不服そうなG。
そう言われてみると、15分もなかったような気がする。
でも、あれ以上は無理ってか、こんな体験は一生に一度で十分です。
ふー。
そもそも、私は、『君子危うきに近づかず』というタイプの人間なのですが、
こんなことが出来たのも、Gと一緒にいたからかな、なんて思います。
彼をそっと見つめる私。
はるか彼方を見ていた彼が急に私の方に振り向いた。
そして、一瞬、彼と私の眼が合った。。。
「怖っ!」
私は心の中でこう叫ぶと、彼の傍から逃げ出した。
---------------------------------------------
ええ。。。
怖すぎました。
ここでの彼とは大きな虎です。
↑逃げる私
これは、タイのチェンマイにある、Tiger Kingdom での話です。
チェンマイの空港に到着して、各種パンフレットを漁っていた時、
Tiger Kingdomのパンフレットをみつけたのでした。
トラ王国ってどうよ??なんて、ネーミングが可笑しくて笑っていたのですが
まさか自分が実際に、そのトラ王国にいって虎を撫でることになるとは
そのときには夢にも思っていませんでした。
---------------------------------------------------
チェンマイで2日目の夜、Gと私は、次の日何しようなんて話していたのです。
何か参考になるものがあるかもと思い、ホテルのフロントに降りて行き
各種ツアーが置いてあるツアーデスクでパンフレットを見ていたのです。
その時、目に留まったのが、セダンタイプの貸切車で行く一日ツアー。
行先:蘭ファーム、メーサ象キャンプ、モンキー・スクール(学校ってどうよ??)、
スネーク・ファーム、タイガー・キングダム、首長族などの民俗村。
「あっ、このツアー、タイガー・キングダムにも連れて行ってくれるんだね。」
象、猿、蛇、虎と、
一日に動物が満載のような気がしましたがツアーに申し込むことに。。。
タイガー・キングダムに到着すると
まず、どのサイズの虎にするかを決めてチケットを購入します。
大、中、小。
あるいは、大と小とか、コンビネーションを自分で決めることもできます。
トラ好きのGは、迷わず、大を選択。
「僕は大きいのがいいけど、君はそれでいい?」
「うん、まあ、いいよ。」
入場料にはAIGの災害保険料が自動的に含まれていて、チケット購入時に
保険加入書類にサインします。
万が一、虎と何かあった時(咬まれたり、引搔かれたり?)のための保険のようです。
飼いならされているとはいえ、トラは野生の動物ですから
いつなんどきどんなアクションを起こすかわかりませんからね。。。
注意事項
・トラの写真を撮るときフラッシュはたかないでください。
・トラを触るときは、はっきりと強く撫でたりたたいたりしてください。そっと撫でられるとトラは反応します。
・トラの近くで急な動きをしないでください。
・荷物は檻には持ってはいらないでください。
私たちは、大きなトラの檻の前に連れていかれました。
三つの檻があり、それぞれの檻には一頭づつトラが入っています。
私たちは3つの檻に順番に入って、トラをなでたり、トラの上に寝そべったりして
写真を撮ることになっていました。
私たちに与えられたのは15分。
私たちの順番を待っている間、人々がトラと写真を撮っているのを眺めながら、
ふと、なんで、お金を払ってこんな危険なことをしようとしているのだろうと
思ったりしました。
30分ほど待ったあと、ガイドが私たちに一つ目の檻に入るよう促しました。
その時の私は、まるで死刑を宣告された囚人のような気持になりました。
檻の中には、私とGとガイドと大きなトラ一頭。
まず、Gが寝そべっているトラの後ろに座って、撫でたり
トラを叩いたりしました。
その間、私はカメラマンになって、Gとトラの写真を撮り続けました。
ガイドが言った。
「さあ、今度はあなたの番ですよ。」
一瞬、固まる私。
「あっ、私は結構ですから。。。ははは。。。」と、
言おうかと思いましたが、頭をよぎったのは入場料のこと。
せっかくお金を払ったのだし、やってみるか。。。(←セコイ?)
勇気を振り絞って、トラの後ろ側に座ってみた。
「はい、じゃぁ、撫でてください。」と、ガイド。
恐る恐るトラを撫でてみた。
そうだ、はっきり強く撫でなきゃヤバいんだっけ?
撫でていますよと主張するように、強く撫でたたり、叩いたりした。
ふ~ん、トラってこんな毛並なんだ。。。
ちょっと固めの長い毛の下には短い柔らかい気が生えているようだが
量はそんなに多くない。
そして、ちょっと湿っているような気がした。
「じゃ、次はトラの上に寝そべってください。」
え?
引きつる顔。。。
それでも、なんとかやってみる。
一通りやって、次の檻へ。
この檻のトラは細長い台の上に外を向いて寝そべっていた。
また、Gから先にその台の上に座って、トラに寄り添うようにすわって
トラを撫でたり、頬を寄せたりして写真を撮る。
今度はGと一緒に写真を撮ってもらったりした。
さて、とうとう最後の檻へ。
今度のトラは横座りしている。
即ち、今までの二頭と異なり、頭を起こしているのでした。
Gが傍に座って撫でたりしている間、
そのトラはGをじっと見たり、軽く口を開けたりした。
ガイドが棒のようなもので、別のところを叩いて
注意をそちらに向けようとしましたが、
そのトラは何度もGの方に向いていました。
私の番になって、トラの傍に座って撫でようとした瞬間
トラが私の方にくるっと向きを変えた。
そして、至近距離でトラと目が合った私は
すっかり肝をつぶしてしまい、それ以上は無理でした。
(冒頭に書いた通りです。。。)
トラとの対面を果たした後に、
「僕たちの時間は15分もなかったよね?」と、不服そうなG。
そう言われてみると、15分もなかったような気がする。
でも、あれ以上は無理ってか、こんな体験は一生に一度で十分です。
ふー。
そもそも、私は、『君子危うきに近づかず』というタイプの人間なのですが、
こんなことが出来たのも、Gと一緒にいたからかな、なんて思います。
2010年10月3日日曜日
Hidden Fees (隠された手数料)
前回、このブログを書いたのは6月のワールドカップの開催中でした。
イタリアの惨敗も、今はもう随分昔のことのような気がします。
私は、イタリアが、ワールドカップを去ることを余儀なくされた翌日から
風邪を引いてしまいました。
あまりのタイミングのよさに、何人かの人にはイタリアの敗戦のせいで
体調を崩したと思われたようです。
ええ、否定はいたしませんとも。

ところで。。。
来週から、またタイに遊びに行くことにしました。
今回はチェンマイにも初めて行きます。
チェンマイはバンコクの北に位置し、飛行機で行くと大体1時間強かかります。
バスや電車で行くという手もありますが、12時間とかかかってしまうので
時間を節約するため、飛行機で行くことにしました。(時は金なり!)
チェンマイ行きのタイ国内線航空会社は5~6社もあります。
できたら、時間だけでなく、お金も節約したいため
なるべく安い航空会社を選びました。
ネットで各エアラインのウエブサイトに行って価格を比較しました。
One-Two-GO Airlines は安かったのですが
インターネットで調べてみると、なんでも2007年に事故を起こしており
EUからは最も危ない航空会社に指定されて乗り入れを禁止されているそうです。
事故での犠牲者には、航空会社から日本円にして約180万円程しか
補償金がでなかったそうです。
タイの物価を考えると先進国並みの補償は無理かもしれませんが、
日本人の私には安すぎます。
安い便に乗りたいけれど、ドキドキしながら乗るのも心臓に悪いですし。。。
それでも、一番安かったのは、Air Asiaでした。
マレーシアの会社で、最近、羽田航空の国際線就航に合わせて
日本に進出してきましたよね。
どこ行きだったか忘れてしまったけれど、
5000円という破格の運賃でニュースになっていましたが。
Air Asiaで予約することにしました。
まず、荷物を預けると、重さに応じて料金がかかります。
予めウエブ上で預ける荷物の重さを入力できます。
ウエブ上の方が安いらしいです。
2泊3日の予定なので、手荷物は持ち込むつもりだったのでパス。
次に、食事のオプションが出てきました。
こちらも有料です。
1時間余りのフライトなので特に食事は必要ないだろうとこれもパス。
もう、追加料金は出てこないだろうと思いながら、座席を選ぶ画面に行くと、
なんと、座席を選ぶと1席につき50バーツかかることがわかりました。
せっかくGと一緒に行くのに、別々の席だと楽しくないと思い
こちらは別料金を払うことに。
2人分で200バーツ成り。
日本円で600円ほどですから、ま、いいかってことで。
さて、次に進むと、また何か表示されました。
今度は、「あなたの旅の安全のために、保険に入りませんか?」ときた。
勿論、有料です。ええ、もちろん、パスしましたよ。
いろんな追加料金を潜り抜け、ようやく支払の画面に辿りつきました。
最後に現れた手数料、それは。。。
「クレジットカードを使って支払う場合手数料がかかります。200バーツ。」
・・・・・。
てか、オンラインでチケットを外国から購入している私にとって
クレジットカード以外での支払オプションはなく、
泣く泣く支払うことになりました。
安い航空券には、各種手数料が隠れているということを学んだ私でした。。。
バンコク-チェンマイ行きは往復で一人当たり7500円ほどになりました。
ま、なんだかんだ言って安いです。
ホテル代も1泊3000円程度のところに泊る予定です。
でも、とてもゲストレビューを読むと評判の良いホテルです。
とっても楽しみです。
ところで、機内食ドットコムというウエブサイトを見つけました。
余計な文章は一切なし。
写真、エアライン、行先、席のクラス、
それに搭乗した日にちのみが書かれています。
写真がすべてを物語っています。
しかし、一体誰が運営しているんでしょうね。
私もこんなウエブサイトを運営できるほど
いろんなん所に行きたいものです。。。
イタリアの惨敗も、今はもう随分昔のことのような気がします。
私は、イタリアが、ワールドカップを去ることを余儀なくされた翌日から
風邪を引いてしまいました。
あまりのタイミングのよさに、何人かの人にはイタリアの敗戦のせいで
体調を崩したと思われたようです。
ええ、否定はいたしませんとも。

ところで。。。
来週から、またタイに遊びに行くことにしました。
今回はチェンマイにも初めて行きます。
チェンマイはバンコクの北に位置し、飛行機で行くと大体1時間強かかります。
バスや電車で行くという手もありますが、12時間とかかかってしまうので
時間を節約するため、飛行機で行くことにしました。(時は金なり!)
チェンマイ行きのタイ国内線航空会社は5~6社もあります。
できたら、時間だけでなく、お金も節約したいため
なるべく安い航空会社を選びました。
ネットで各エアラインのウエブサイトに行って価格を比較しました。
One-Two-GO Airlines は安かったのですが
インターネットで調べてみると、なんでも2007年に事故を起こしており
EUからは最も危ない航空会社に指定されて乗り入れを禁止されているそうです。
事故での犠牲者には、航空会社から日本円にして約180万円程しか
補償金がでなかったそうです。
タイの物価を考えると先進国並みの補償は無理かもしれませんが、
日本人の私には安すぎます。
安い便に乗りたいけれど、ドキドキしながら乗るのも心臓に悪いですし。。。
それでも、一番安かったのは、Air Asiaでした。
マレーシアの会社で、最近、羽田航空の国際線就航に合わせて
日本に進出してきましたよね。
どこ行きだったか忘れてしまったけれど、
5000円という破格の運賃でニュースになっていましたが。
Air Asiaで予約することにしました。
まず、荷物を預けると、重さに応じて料金がかかります。
予めウエブ上で預ける荷物の重さを入力できます。
ウエブ上の方が安いらしいです。
2泊3日の予定なので、手荷物は持ち込むつもりだったのでパス。
次に、食事のオプションが出てきました。
こちらも有料です。
1時間余りのフライトなので特に食事は必要ないだろうとこれもパス。
もう、追加料金は出てこないだろうと思いながら、座席を選ぶ画面に行くと、
なんと、座席を選ぶと1席につき50バーツかかることがわかりました。
せっかくGと一緒に行くのに、別々の席だと楽しくないと思い
こちらは別料金を払うことに。
2人分で200バーツ成り。
日本円で600円ほどですから、ま、いいかってことで。
さて、次に進むと、また何か表示されました。
今度は、「あなたの旅の安全のために、保険に入りませんか?」ときた。
勿論、有料です。ええ、もちろん、パスしましたよ。
いろんな追加料金を潜り抜け、ようやく支払の画面に辿りつきました。
最後に現れた手数料、それは。。。
「クレジットカードを使って支払う場合手数料がかかります。200バーツ。」
・・・・・。
てか、オンラインでチケットを外国から購入している私にとって
クレジットカード以外での支払オプションはなく、
泣く泣く支払うことになりました。
安い航空券には、各種手数料が隠れているということを学んだ私でした。。。
バンコク-チェンマイ行きは往復で一人当たり7500円ほどになりました。
ま、なんだかんだ言って安いです。
ホテル代も1泊3000円程度のところに泊る予定です。
でも、とてもゲストレビューを読むと評判の良いホテルです。
とっても楽しみです。
ところで、機内食ドットコムというウエブサイトを見つけました。
余計な文章は一切なし。
写真、エアライン、行先、席のクラス、
それに搭乗した日にちのみが書かれています。
写真がすべてを物語っています。
しかし、一体誰が運営しているんでしょうね。
私もこんなウエブサイトを運営できるほど
いろんなん所に行きたいものです。。。
2010年6月20日日曜日
ビバ、ワールドカップ!!

とうとう先々週の金曜日にワールドカップが開幕した。
1982年の大会から、4年毎に行われるワールドカップを観てきた。
当初は西ドイツのファンだったが、ある時からイタリアのファンになった。
余談だが、当時、ドイツは東西にわかれており、西ドイツがワールドカップに出ていた。
今回、ワールドカップを見ていていくつか気がついたことがある。
圧倒的な強さを誇るチームがない。
昔は、今のような番狂わせはほとんどなかった。
強いチームは順当に決勝トーナメントに勝ち進み、
弱いチームは1次リーグで消えていった。
そして、本当に強いチーム同士の決勝トーナメントは見ごたえがあった。
イタリアがパラグアイに引き分けたり、ドイツが
ゴールが少ない。僅差で決着するゲームが多い。
昔に比べ、今はガチガチの戦略サッカーになっていて
選手の自由なプレーがかなり制限されているようにみえる。
守備が強化されて点が入りにくくなっている。
そのため、大量得点のゲームがほとんどない。
普段クラブチームで活躍している選手たちの得点がまだない。
こういったスター選手へのマークが厳しくなっている。
メッシは得点につながる素晴らしい働きをしているが、
それにしても本人の得点がないのは淋しい。
一人フーリガンのような、まだゴールのないルーニーは、
自国ファンに酷評されてブチ切れていた。
「自国選手にブーイングを送るファンを見るのはサイコーだよ。それが忠誠心からの応援っていうんなら、くそくらえってんだ!」
今晩はイタリア戦が行われる。(イタリア対ニュージーランド)
司令塔のピルロとカリスマ的キーパーのブッフォンは欠場するのが気がかりだ。
でも、プロとアマチュア位の差がある国の対決なので
安心してはしているが。
2010年5月29日土曜日
愛国心
会社での会話。
私「ねえねえ、今回のワールドカップではどのチーム応援するの?」
A 「そりゃ、日本に決まってるでしょ?
じゃ、Iさんはどこのチームを応援するんですか?」(※Iさんとは私のこと)
私「イタリアに決まってるじゃん。」
A 「イタリア?!」
T 「イタリアに注目の選手はいるんすか?」
私「ま、特に注目すべき選手もいないですけどね。」
A 「え?じゃ、どうしてイタリアを応援するんすか?」
私「ん~。これって愛国心なんだよね。」
A、T「愛国心?Iさんはイタリア人じゃないじゃないですか。」
私「なんていうかさー、昔からイタリアが好きでずっと応援しているからね。
たぶん前世はイタリア人だったんだと思う。だから愛国心。」
T 「イタリア人はかっこいいですからね。」
男前揃いのためイタリアファンのように誤解されてしまった。
ええ、認めますとも。
イタリア男はなぜかかっこいいです。Sexyです。
インターネットのお見合いサイトで男性が自分のプロフィールに
『イタリア人』とか『イタリア系』とか書くと、女性からの受けは格段に良くなります。
イタリア男の、色男ぶりはきっと遺伝子に書き込まれたものなんでしょう。
でも、それが私がイタリアを応援する理由ではありません。
なんの掛け値なしに、損得もなしに、応援してしまう。
どんな選手がいても、いなくても、イタリアに勝って欲しい。
これって、愛国心以外の何物でもないじゃありませんか!
え?違う???
面白いビデオを見つけました。
6年くらい前のイタリア代表チームのメンバーが歌を歌ってます。
私が好きだったデルピエロとか、王子様と云われたトッティなどはソロで歌ったりしてます。
二人とも残念ながら、今回の代表チームには呼ばれませんでした。
ガットゥーゾや、ピルロ、カンナバロ、ザンブロッタ、ブッフォンなど、
今回の代表チームに召集されたプレーヤーの姿も見えます。
いずれにしても、若者が集まって、照れたり、大笑いしながらも
最後にはノリノリで歌ってしまうところが見てて楽しいです。
それにしても、イタリア人のあの陽気な気質は食べ物に原因があるかも?
と、最近読んだ本に書いてありました。
(『体温を上げると健康になる』齋藤真嗣著)
彼らが毎日食べるトマトには、ギャバというストレスを緩和させる成分が
多く入っているからだそうです。
ちょっと余談でしたけど。。。
頑張れイタリア!!
私「ねえねえ、今回のワールドカップではどのチーム応援するの?」
A 「そりゃ、日本に決まってるでしょ?
じゃ、Iさんはどこのチームを応援するんですか?」(※Iさんとは私のこと)
私「イタリアに決まってるじゃん。」
A 「イタリア?!」
T 「イタリアに注目の選手はいるんすか?」
私「ま、特に注目すべき選手もいないですけどね。」
A 「え?じゃ、どうしてイタリアを応援するんすか?」
私「ん~。これって愛国心なんだよね。」
A、T「愛国心?Iさんはイタリア人じゃないじゃないですか。」
私「なんていうかさー、昔からイタリアが好きでずっと応援しているからね。
たぶん前世はイタリア人だったんだと思う。だから愛国心。」
T 「イタリア人はかっこいいですからね。」
男前揃いのためイタリアファンのように誤解されてしまった。
ええ、認めますとも。
イタリア男はなぜかかっこいいです。Sexyです。
インターネットのお見合いサイトで男性が自分のプロフィールに
『イタリア人』とか『イタリア系』とか書くと、女性からの受けは格段に良くなります。
イタリア男の、色男ぶりはきっと遺伝子に書き込まれたものなんでしょう。
でも、それが私がイタリアを応援する理由ではありません。
なんの掛け値なしに、損得もなしに、応援してしまう。
どんな選手がいても、いなくても、イタリアに勝って欲しい。
これって、愛国心以外の何物でもないじゃありませんか!
え?違う???
面白いビデオを見つけました。
6年くらい前のイタリア代表チームのメンバーが歌を歌ってます。
私が好きだったデルピエロとか、王子様と云われたトッティなどはソロで歌ったりしてます。
二人とも残念ながら、今回の代表チームには呼ばれませんでした。
ガットゥーゾや、ピルロ、カンナバロ、ザンブロッタ、ブッフォンなど、
今回の代表チームに召集されたプレーヤーの姿も見えます。
いずれにしても、若者が集まって、照れたり、大笑いしながらも
最後にはノリノリで歌ってしまうところが見てて楽しいです。
それにしても、イタリア人のあの陽気な気質は食べ物に原因があるかも?
と、最近読んだ本に書いてありました。
(『体温を上げると健康になる』齋藤真嗣著)
彼らが毎日食べるトマトには、ギャバというストレスを緩和させる成分が
多く入っているからだそうです。
ちょっと余談でしたけど。。。
頑張れイタリア!!
2010年5月28日金曜日
2010年5月23日日曜日
心の働き
「ねえ、聞いて。」と、私。
「どうしたの?」と、G。
「さっき、髪の毛洗ってたら、右耳に水が入って出てこないの。」
「頭を振ってみたら?」
「もう、やった。いつもだったら、それで出てくるんだけど。。。」
そう言いながら、段々、気分が悪くなってきた。
「綿棒で水分を吸い取ってみたらどうだい?」
「やってみたけど無駄だった。もっと奥の方に入っているみたい。」
「ドライヤーで耳の中を乾かしてみたらどう?」
「そうだね、やってみる。」
そう言って、右耳にしばらく熱風を当ててみた。。。
「あっ、あつっ、熱~~!!」
火傷寸前でドライヤーをHotからCoolに切り替えた。
それでも、特に耳から水が出た様子はない。
「もう~、耳がやけどするかと思ったよ~。」
「5歳児に言うように『火傷に気をつけて』って言うべきだった?」
「ふんっ。」と、むくれる私。
しばらくすると、鼻水が出てきた。
あれっ?
もしかして、耳から入った水が鼻から出てきたのかも。
そういえば、なんか耳に違和感がなくなった気がする。
「ねえねえ、水、鼻から出てきたよ。」と、喜々として言った。
「それは、よかった。」
「うん。だって、鼻と耳はつながってるんでしょ。」
「そうだね。耳は耳管から鼻へとつながっているんだ。
ちょっと待てよ。鼻から水がでてくるなんて不可能だよ。」
「え?どうして?」
「だって、間に鼓膜があるからさ。」
頭を振ってみると、耳の奥がちゃぷちゃぷ音がして、
確かに水はまだ耳の中にあるようだった。
「そういえば、やっぱり水は出てないみたい。。。」
急にまた先ほどの心配が戻ってきて、元気をなくす私だった。
「大丈夫。きっと寝ている間に水は出てしまうから。」
「ううう。」
「最悪でも、2~3日できっと出てるから、心配ないよ。」
「もう、寝るね。」
「右耳を下に向けて寝るんだよ。」
Gの言った通り、寝ている間に水は出たようだった。
それにしても、心の働きというものは不思議なものだ。
鼻から水が出ただなんて、どうして考えたのだろう。
些細な心配から自分を解放するために、
潜在意識が仕掛けたのかななんて思ったりして。。。
2010年5月19日水曜日
虚ろな勝利
今から2カ月前。
タイに出発前日にGは言った。
「赤い服は着てきちゃダメだよ。」
何を冗談みたいなことをいっているんだろうと思った。
しかも、赤は私が一番好きな色である。
「どうしてよ?」
「明日から反政府デモが予定されているんだ。」
赤い服とはいわゆる'Red Shirts'(赤シャツ)と呼ばれる反政府派。
ちょうど私がバンコクに到着する前日に北部から集まってきた人達だった。
噂では、国外追放中の前首相タクシンから資金がながれているらしい。
タクシンは多額の財産が政府によって凍結されており
その財産を取り戻すため、今回のデモを計画したのだろう。
最初はのんびりした様子だった。
赤シャツはトラックやバイクなどに乗って
赤い旗や手を振ったりして大きな通りを通りすぎていくだけだった。
首相府の前では多くの赤シャツが簡易な小屋を建てていて
しばらくデモを続けるつもりなのだと思った。
2、3日後には、首相を含む政府3名と反政府派3名が会談した。
テレビのニュースに映る会談の様子は信じられないものだった。
小さな机を挟んで向かい合って座る6名は
激昂する様子は全くなく、穏やかに話し合っていたのだ。
さすがに、ほほ笑みの国といわれるタイならではだなぁと感心した。
そもそも、私の常識からして、反政府派と会談すること自体あり得ないことだった。
その後、終わらないデモに、タイ政府は11月に総選挙をすると発表して
赤シャツに大きく譲歩した。
最初から、赤シャツは、現在の政府は選挙で選ばれた政府ではないとして
議会の解散と、総選挙を要求していたのだ。
ところが、欲を出した赤シャツは、それでも尚デモを止めないと発表した。
その後、首相はもう赤シャツとは対話しないとして、11月の総選挙を撤回した。
そして、今回の強制排除へとつながっていった。
銃撃戦が行われたルンピニ公園はナイトバザールが隣接しており、私も買い物に出かけたところだ。
セントラル・ワールドというバンコクで2番目に大きなショッピングセンターはすっかり焼けて無残な姿だという。
シアムという商業地区には、紀伊国屋書店や伊勢丹がはいった、
パラゴンという建物があり、赤シャツによって放火されたそうだ。
「もう、紀伊国屋書店はないなんて。。。」
Gは悲しそうに言った。
日本語の本を買いに行ける唯一の書店だっただけにショックを隠せない様子だ。
私も、一緒にパラゴンに行っただけに、信じられないような気持になった。
今回のデモで、多くのビジネスが影響を受けた。
自分の要求さえ通れば、政府とは何の関係もない人々に迷惑をかけてもよい、
デモの解散に不満だからという理由で、建物に火をつけてもよい、
一体誰が、そんな姿勢の赤シャツを支持するというのだろうか?
一刻も早く、赤シャツが逮捕されて、タイが元のほほ笑みの国に戻ることを望む。
2010年5月12日水曜日
映画村のひらいチャン?
ゴールデンウィークの或る日、
数カ月ぶりに出会った友人2人と嵐山に向かって電車に乗っていた。
友人のKが嵐山の竹林を散策したいと言ったからだ。
電車のアナウンスが次の駅名を告げた。
『次は太秦(うずまさ)』
誰かが言った。
「ねえ、太秦映画村って行ったことある?」
「ない。」
「私も。」
「私も。。。」
ここで3人とも太秦映画村に行ったことが無いと判明する。
「行ってみる?」
「うん、行ってみよ。」
急きょ、太秦駅で電車を降りる私達。
太秦駅から歩くこと約15分。
ようやく映画村に到着。
入口で入村料(映画‘村'のため)が¥2200だった。
高いとブーブー文句を垂れながら入村する。
映画村の中をぶらぶら歩いていたら、映画村散策ツアーの一団に出くわした。
坂本龍馬のような格好をした東映のお兄さんが、
映画村についての説明や撮影裏話をしながら
50名くらいの人を引連れて歩いている。
面白そうなので、ツアーの途中からいきなり参加してみる。
ツアーを率いていたのは、平井さんという役者さんだった。
ツアーの最後に平井さんはは言った。
「明後日は京都駅まで修学旅行生を迎えにいってきます。
これからも、私、平井チャンを応援してくださいね。」
ふうん。
映画村の役者さんは色んな事をやらされるんだなぁと思った。
そして、2日後、会社の食堂でニュースをみながら昼食を食べていたら
NHKのローカルニュースで、平井チャンが修学旅行生を京都駅で
出迎えているのがニュースになって画面に写った。
思わず、「あーーーー、この人知ってる!!!」と指さして叫んでしまった。
平井チャンは、2日前とおなんじ龍馬の格好をして、
偽物の刀で修学旅行生を斬りまくっていた。。。
下の画像はYoutubeにアップされていた平井チャン
数カ月ぶりに出会った友人2人と嵐山に向かって電車に乗っていた。
友人のKが嵐山の竹林を散策したいと言ったからだ。
電車のアナウンスが次の駅名を告げた。
『次は太秦(うずまさ)』
誰かが言った。
「ねえ、太秦映画村って行ったことある?」
「ない。」
「私も。」
「私も。。。」
ここで3人とも太秦映画村に行ったことが無いと判明する。
「行ってみる?」
「うん、行ってみよ。」
急きょ、太秦駅で電車を降りる私達。
太秦駅から歩くこと約15分。
ようやく映画村に到着。
入口で入村料(映画‘村'のため)が¥2200だった。
高いとブーブー文句を垂れながら入村する。
映画村の中をぶらぶら歩いていたら、映画村散策ツアーの一団に出くわした。
坂本龍馬のような格好をした東映のお兄さんが、
映画村についての説明や撮影裏話をしながら
50名くらいの人を引連れて歩いている。
面白そうなので、ツアーの途中からいきなり参加してみる。
ツアーを率いていたのは、平井さんという役者さんだった。
ツアーの最後に平井さんはは言った。
「明後日は京都駅まで修学旅行生を迎えにいってきます。
これからも、私、平井チャンを応援してくださいね。」
ふうん。
映画村の役者さんは色んな事をやらされるんだなぁと思った。
そして、2日後、会社の食堂でニュースをみながら昼食を食べていたら
NHKのローカルニュースで、平井チャンが修学旅行生を京都駅で
出迎えているのがニュースになって画面に写った。
思わず、「あーーーー、この人知ってる!!!」と指さして叫んでしまった。
平井チャンは、2日前とおなんじ龍馬の格好をして、
偽物の刀で修学旅行生を斬りまくっていた。。。
下の画像はYoutubeにアップされていた平井チャン
2010年5月5日水曜日
風邪をひいたこと
遡ること約3週間前のこと。
ある日の夕方、仕事中に喉に痛みを覚えた。
その痛みを怪しみながら寝床につく。
翌朝、喉の痛みはひくどころか、
体が妙に熱っぽいことに気づく。
熱を測ると、37度台半ばだった。
あー、とうとう風邪をひいてしまったのか、と思った。
昨年の冬は、シーズンを通して全然風邪をひかなかった。
それが良い自己管理の証拠のような気がして誇らしかった。
それが、今度は高熱はでていないものの、風邪の症状がでていた。
最初から会社を休むという考えは浮かんでこない。
その週は他に用があって木曜日に休む予定だったし
それに加えて、仕事が忙しくて休む余裕がなかった。
ちょっと熱があるくらいで休むに値しない。
発熱も体がウイルスを闘っている証拠なのだから
不用意に熱を下げたりしないほうがいい。
と、どこかで読んだことを思い出した。
熱は2日間で下がった。
しかし、喉の痛みと鼻水は続いた。
激しく咳き込み続けたため、とうとう一週間後には
喉が炎症を起こして、声が枯れたようになって
ほとんど出なくなった。
高い声は全くでない。
それでも、仕事上で人と話さないわけにはいかない。
得意先に電話をして、低い、性別不明の声で話す。
アパートに戻り、声が出ないとGに相談する。
喉を冷やしたらだめだよ。
喉を温めないと、喉にいる病原菌が死なないよ。
それを聞いて、アパートでも職場でも喉元をタオルで巻いた。
かなり奇妙な格好だったが、もうなりふり構っていられない。
一杯になった屑籠をまじまじと見る。
屑籠の中には鼻をかんだ後のティッシュで山盛り状態である。
夜しか過ごさないアパートの屑籠でさえ、この有様なのだから
一体一日にどれ位の鼻水がでるのだろうと考えずにいられない。
鼻をかんだ後から、すぐに鼻水がでてくる。
一体、この鼻水というものは、どこから湧いてくるのだろうと考えた。
Wikipediaで調べてみる。
『鼻水は、鼻腔内の鼻腺、杯細胞などから分泌された粘液、および血管からの浸出液などの混合物である。風邪をひいた、花粉症にかかった場合などには、鼻や喉に付着した病原菌や花粉を殺菌し洗い流すために大量の鼻水が分泌され、鼻からあふれ出ることになる。』
そうか、鼻水には病原菌が含まれているのか。
では、鼻が出るからといってすすったりできない。
それは、折角体外に出ようとしている病原菌を体内に留めるようなものである。
3週間が過ぎ、長引いた風邪もようやくなおりそうだ。
ようやく喉の痛みは取れ、鼻水も以前ほどは出なくなった。
それでも、いまだに時折鼻をかまなければならないけれど。
ある日の夕方、仕事中に喉に痛みを覚えた。
その痛みを怪しみながら寝床につく。
翌朝、喉の痛みはひくどころか、
体が妙に熱っぽいことに気づく。
熱を測ると、37度台半ばだった。
あー、とうとう風邪をひいてしまったのか、と思った。
昨年の冬は、シーズンを通して全然風邪をひかなかった。
それが良い自己管理の証拠のような気がして誇らしかった。
それが、今度は高熱はでていないものの、風邪の症状がでていた。
最初から会社を休むという考えは浮かんでこない。
その週は他に用があって木曜日に休む予定だったし
それに加えて、仕事が忙しくて休む余裕がなかった。
ちょっと熱があるくらいで休むに値しない。
発熱も体がウイルスを闘っている証拠なのだから
不用意に熱を下げたりしないほうがいい。
と、どこかで読んだことを思い出した。
熱は2日間で下がった。
しかし、喉の痛みと鼻水は続いた。
激しく咳き込み続けたため、とうとう一週間後には
喉が炎症を起こして、声が枯れたようになって
ほとんど出なくなった。
高い声は全くでない。
それでも、仕事上で人と話さないわけにはいかない。
得意先に電話をして、低い、性別不明の声で話す。
アパートに戻り、声が出ないとGに相談する。
喉を冷やしたらだめだよ。
喉を温めないと、喉にいる病原菌が死なないよ。
それを聞いて、アパートでも職場でも喉元をタオルで巻いた。
かなり奇妙な格好だったが、もうなりふり構っていられない。
一杯になった屑籠をまじまじと見る。
屑籠の中には鼻をかんだ後のティッシュで山盛り状態である。
夜しか過ごさないアパートの屑籠でさえ、この有様なのだから
一体一日にどれ位の鼻水がでるのだろうと考えずにいられない。
鼻をかんだ後から、すぐに鼻水がでてくる。
一体、この鼻水というものは、どこから湧いてくるのだろうと考えた。
Wikipediaで調べてみる。
『鼻水は、鼻腔内の鼻腺、杯細胞などから分泌された粘液、および血管からの浸出液などの混合物である。風邪をひいた、花粉症にかかった場合などには、鼻や喉に付着した病原菌や花粉を殺菌し洗い流すために大量の鼻水が分泌され、鼻からあふれ出ることになる。』
そうか、鼻水には病原菌が含まれているのか。
では、鼻が出るからといってすすったりできない。
それは、折角体外に出ようとしている病原菌を体内に留めるようなものである。
3週間が過ぎ、長引いた風邪もようやくなおりそうだ。
ようやく喉の痛みは取れ、鼻水も以前ほどは出なくなった。
それでも、いまだに時折鼻をかまなければならないけれど。
2010年4月25日日曜日
Good luck, my friend! (その3)
日が暮れ始めて、次第に暗くなっていくような気がした。
Iと私は延々と続く鳥居の中を歩き続けた。
しかし、歩けど歩けど、きつねうどんが食べられるような店が
その先に出てくるようには思われない。
どんどん山奥に入っていき、ますます人里離れていく。
「この先にきつねうどんが食べられる店なんてほんとにあるのかな?」
「あって欲しいよ。来たからには、僕はうどんを食べなきゃならないんだ。」
しばらく行くと、急に店が3軒でてきた。
「あ~!!ほんとにあるんだね!」
3軒ともぱっとしない感じだが、そのうち一組のお客がはいっている店を選んで入った。
早速、きつねうどんを注文するI。
私はあまりお腹が空いていない。さて、どうしよう。。。
メニューのなかにわらびもちをみつけて店のおばさんに値段をきいた。
「550円です。うちは他の店と違って手作りしているんでね。」
おばさんは価格が高いと言われるのを先回りして答えた。
「え?ここまで来てきつねうどんを食べないつもりかい?」と、I。
「うーん、それもそうだね。やっぱり、私もきつねうどんを頼むわ。」
しばらくして運ばれてきたきつねうどんは、
今までに食べたどんなきつねうどんよりもまずかった。
味のほとんどしないスープにお揚げ。
それなのに、おばさんは偉そうに言った。
「うちは他の店と違ってお揚げを煮ています。他のところは買ってきた味付きのお揚げをつかってるんですよ。」
「へえ、そうなんですか?」と言いつつ、
こんな味付けなら買ってきたお揚げの方がよっぽどマシだと思った。
「信じられない。味がほとんどしないね。」と、私。
「たぶん、調味料を切らしてたんじゃないの?」と、I。
きつねうどんを食べおわって、Iは言った。
「目的達成!」
せっかくのきつねうどん、もう少し美味しかったらよかったのに。。。
私にはそれが残念だった。
でも、Iはそんなことに気もとめないような表情で
ただただ、やろうと思っていたことをやれたことが嬉しいらしかった。

↑The worst Kitsune Udon ever
Iは土曜日に新幹線で東京に戻り、アメリカで新しい生活を始めるため
今日、成田からアメリカに向けて旅立って行った。
Good luck, I !
(終わり)
Iと私は延々と続く鳥居の中を歩き続けた。
しかし、歩けど歩けど、きつねうどんが食べられるような店が
その先に出てくるようには思われない。
どんどん山奥に入っていき、ますます人里離れていく。
「この先にきつねうどんが食べられる店なんてほんとにあるのかな?」
「あって欲しいよ。来たからには、僕はうどんを食べなきゃならないんだ。」
しばらく行くと、急に店が3軒でてきた。
「あ~!!ほんとにあるんだね!」
3軒ともぱっとしない感じだが、そのうち一組のお客がはいっている店を選んで入った。
早速、きつねうどんを注文するI。
私はあまりお腹が空いていない。さて、どうしよう。。。
メニューのなかにわらびもちをみつけて店のおばさんに値段をきいた。
「550円です。うちは他の店と違って手作りしているんでね。」
おばさんは価格が高いと言われるのを先回りして答えた。
「え?ここまで来てきつねうどんを食べないつもりかい?」と、I。
「うーん、それもそうだね。やっぱり、私もきつねうどんを頼むわ。」
しばらくして運ばれてきたきつねうどんは、
今までに食べたどんなきつねうどんよりもまずかった。
味のほとんどしないスープにお揚げ。
それなのに、おばさんは偉そうに言った。
「うちは他の店と違ってお揚げを煮ています。他のところは買ってきた味付きのお揚げをつかってるんですよ。」
「へえ、そうなんですか?」と言いつつ、
こんな味付けなら買ってきたお揚げの方がよっぽどマシだと思った。
「信じられない。味がほとんどしないね。」と、私。
「たぶん、調味料を切らしてたんじゃないの?」と、I。
きつねうどんを食べおわって、Iは言った。
「目的達成!」
せっかくのきつねうどん、もう少し美味しかったらよかったのに。。。
私にはそれが残念だった。
でも、Iはそんなことに気もとめないような表情で
ただただ、やろうと思っていたことをやれたことが嬉しいらしかった。
↑The worst Kitsune Udon ever
Iは土曜日に新幹線で東京に戻り、アメリカで新しい生活を始めるため
今日、成田からアメリカに向けて旅立って行った。
Good luck, I !
(終わり)
Good luck, my friend! (その2)
私達が伏見稲荷大社に着いた頃には既に4時をまわっていた。
境内を一周して、千本鳥居をくぐる。
「映画、『メモワール・オブ・ゲイシャ 』見たかい?」
「うん、見たよ。」
「主人公の芸者を演じてた女優って誰だっけ?」
「チャン・ツィイーだよ。そういえば、他に中国人女優のコン・リーも出てたよね。」
そういえば、日本の話なのに、主要な出演者は中国人女優だなとふと思った。
この話を中国人(香港人)のIとしている私は、
段々、その映画がまるで中国の話のような気がしていった。
「あの映画の中で主人公がこの神社の鳥居のなかを逃げるシーンがあったよね?」
「全然、思い出せないけど、そうだっけ?」
その映画をみたのは5年ほど前のことで、細部についてははっきりと思い出せない。
Iにはそのシーンがとても印象に残っているらしい。
「僕も、チャンみたいに鳥居のなかを走るから、写真撮ってよ。」
「いいよ。」
そう言って、鳥居の中をゆっくり走るI。
彼の後姿をシャッターを切る私。
今度は、私がチャンに扮して鳥居の中を走り、Iが写真を撮った。
日が暮れ始めて人気のなくなった鳥居の中で、大笑いする私達だった。
「もしかして、I、ここに来たかったのは、その映画のせいなの?」
Iはニヤッと笑って頷いた。
(つづく)
境内を一周して、千本鳥居をくぐる。
「映画、『メモワール・オブ・ゲイシャ 』見たかい?」
「うん、見たよ。」
「主人公の芸者を演じてた女優って誰だっけ?」
「チャン・ツィイーだよ。そういえば、他に中国人女優のコン・リーも出てたよね。」
そういえば、日本の話なのに、主要な出演者は中国人女優だなとふと思った。
この話を中国人(香港人)のIとしている私は、
段々、その映画がまるで中国の話のような気がしていった。
「あの映画の中で主人公がこの神社の鳥居のなかを逃げるシーンがあったよね?」
「全然、思い出せないけど、そうだっけ?」
その映画をみたのは5年ほど前のことで、細部についてははっきりと思い出せない。
Iにはそのシーンがとても印象に残っているらしい。
「僕も、チャンみたいに鳥居のなかを走るから、写真撮ってよ。」
「いいよ。」
そう言って、鳥居の中をゆっくり走るI。
彼の後姿をシャッターを切る私。
今度は、私がチャンに扮して鳥居の中を走り、Iが写真を撮った。
日が暮れ始めて人気のなくなった鳥居の中で、大笑いする私達だった。
「もしかして、I、ここに来たかったのは、その映画のせいなの?」
Iはニヤッと笑って頷いた。
(つづく)
2010年4月24日土曜日
Good luck, my friend! (その1)
「金閣寺に行ったら、その後で伏見稲荷大社に行く時間あるのかなぁ?」
金閣寺に向かうバスの中で、Iは少し不安げに言いった。
「んー、多分無理だと思うよ。だってもう3時すぎだもん。」
「そっか。。。」
「でもね、もしもIが金閣寺より伏見稲荷に行きたいって言うんなら、金閣寺はやめて伏見に行こうよ。」
Iの目が輝いた。
「うん。じゃあ、伏見に行こう!」
私達は次のバス停でバスを降りて、反対方向に向かうバスに飛び乗った。
Iは私のアメリカの大学時代の友達だ。
成田からアメリカ行きの飛行機に乗るため、香港から日本にやってきた。
「京都行きは、渡米前の僕のささやかなバケーションなんだ。」
成田入りの成田発なのに、わざわざ新幹線で京都まで会いにきてくれたのだ。
--------------------------------------------
数週間前のある日、仕事を終えアパートに戻ってパソコンを立ち上げると
IからのメッセージがMSNメッセンジャーに残っていた。
「京都に行ったら伏見稲荷大社に行くんだ。
そこのキツネは稲の神様の遣いで、うどんが好きなんだ。
伏見稲荷をずっと歩いていくと、キツネが好きなうどんを出す店があるんだって。。。」
何だかよくわからないけれど、随分変わったことを言うなと思ったものだ。
(つづく)
金閣寺に向かうバスの中で、Iは少し不安げに言いった。
「んー、多分無理だと思うよ。だってもう3時すぎだもん。」
「そっか。。。」
「でもね、もしもIが金閣寺より伏見稲荷に行きたいって言うんなら、金閣寺はやめて伏見に行こうよ。」
Iの目が輝いた。
「うん。じゃあ、伏見に行こう!」
私達は次のバス停でバスを降りて、反対方向に向かうバスに飛び乗った。
Iは私のアメリカの大学時代の友達だ。
成田からアメリカ行きの飛行機に乗るため、香港から日本にやってきた。
「京都行きは、渡米前の僕のささやかなバケーションなんだ。」
成田入りの成田発なのに、わざわざ新幹線で京都まで会いにきてくれたのだ。
--------------------------------------------
数週間前のある日、仕事を終えアパートに戻ってパソコンを立ち上げると
IからのメッセージがMSNメッセンジャーに残っていた。
「京都に行ったら伏見稲荷大社に行くんだ。
そこのキツネは稲の神様の遣いで、うどんが好きなんだ。
伏見稲荷をずっと歩いていくと、キツネが好きなうどんを出す店があるんだって。。。」
何だかよくわからないけれど、随分変わったことを言うなと思ったものだ。
(つづく)
2010年3月28日日曜日
Blessed ~ 祝福されて
帰国する日の朝、空港に行くために6時半に友人のアパートを出た。
大きな通りへの道すがら、何人もの僧が托鉢するのを目にした。
くすんだオレンジ色の衣を身にまとい、黄色い壺を手にかかえている。
足元に目をやると、裸足である。
いつも出掛けるのはもっと遅い時間だったから
早朝に僧が托鉢しているなんてその日まで知らなかった。
タイ人の女の子が言った。
「タイの人は僧に寄付すると天国に行けると信じてるのよ。
だから、皆喜んで寄付するのよ。」
そんな風に徳が貯金できたらいいなと思う。
でも、単純にそう信じられることの強さを思った。
また、或る日、とある寺院に行くと、人の行列に出くわした。
近よってみると、どうやら、僧の出家の儀式のようだった。
大きな傘の下を歩く出家前の白衣をまとった者の後ろに、
その家族や友人と思われる人々が続く。

出家者は寺院の中に入るとしばらくして出てきた。
家族や友人たちは寺院の入口で出家者と写真を撮ったりしている。
まるで、結婚式みたいな祝福ムードがただよっている。
その後、主家者は寺院の入口に立って、
家族に渡された皿に盛られた何かを
寺院前に待っている家族や友人たちに向かって投げ始めた。

その何かはキラキラ空中で煌めきながら、皆の上に落ちていく。
皆、必死にその物体を拾っている。
私も友人も、何だかわからないけれど、人々に交って拾い集めた。
そして、私達まで祝福されたような気持ちになった。
後で友人が言った。
「あ、これ、コインだ。」
コインがひとつひとつ綺麗に布やテープで花のような形に包まれていた。
大きな通りへの道すがら、何人もの僧が托鉢するのを目にした。
くすんだオレンジ色の衣を身にまとい、黄色い壺を手にかかえている。
足元に目をやると、裸足である。
いつも出掛けるのはもっと遅い時間だったから
早朝に僧が托鉢しているなんてその日まで知らなかった。
タイ人の女の子が言った。
「タイの人は僧に寄付すると天国に行けると信じてるのよ。
だから、皆喜んで寄付するのよ。」
そんな風に徳が貯金できたらいいなと思う。
でも、単純にそう信じられることの強さを思った。
また、或る日、とある寺院に行くと、人の行列に出くわした。
近よってみると、どうやら、僧の出家の儀式のようだった。
大きな傘の下を歩く出家前の白衣をまとった者の後ろに、
その家族や友人と思われる人々が続く。
出家者は寺院の中に入るとしばらくして出てきた。
家族や友人たちは寺院の入口で出家者と写真を撮ったりしている。
まるで、結婚式みたいな祝福ムードがただよっている。
その後、主家者は寺院の入口に立って、
家族に渡された皿に盛られた何かを
寺院前に待っている家族や友人たちに向かって投げ始めた。
その何かはキラキラ空中で煌めきながら、皆の上に落ちていく。
皆、必死にその物体を拾っている。
私も友人も、何だかわからないけれど、人々に交って拾い集めた。
そして、私達まで祝福されたような気持ちになった。
後で友人が言った。
「あ、これ、コインだ。」
コインがひとつひとつ綺麗に布やテープで花のような形に包まれていた。
2010年3月22日月曜日
ゆでダコと104段の日々
「暑っ!!」
毎朝、友人のアパートから一歩出た瞬間、
思わずつぶやいてしまう一言だった。
そう、真夏のタイは思ったよりも手強かった。
朝から太陽はギラギラと照りつけ、気温は30度台後半、
そのうえ日本に負けず劣らず、湿度が高いときている。
肌が出ている部分には、もれなく日焼け止めを
塗りたくって出かけても、直に汗で流れ落ちてしまうようだった。
つばの広い帽子をかぶり、腕には日焼け防止のアームカバーをつけた。
サンダルをはくと足の甲が日焼けするとの理由で
ながいジーンズにスニーカーをはいた。
帽子を被ると頭が蒸されるように暑いが
顔の日焼けを考えると帽子を脱ぐわけにはいかない。
アームカバーだって、外したらきっと
腕が直射日光で痛いにちがいない。
そんな理由で、真夏のバンコクを『なるべく涼しく』というのとは正反対の、
ますます体感温度を上げるようなイデタチで闊歩する私であった。
タイの人々から、ちょっと変な眼で見られていたにちがいない。
でも、しょうがないのよ~。美白命だから!
友人のアパートから最寄りのスカイトレインの駅まで徒歩15分。
もうすでに、かなり汗をかいている。
スカイトレインは地下鉄と異なり、上空を通っているから
スカイトレインというのである。
そして、駅の階段を上る前に一瞬たじろぐ私。
私の目の前には、かなり長い階段。
数えてみると、駅の改札口まで60段、
そして、改札を入ってからホームまで44段。
毎日、観光にでかけるために、合計104段の階段を上る日々だった。
上りきった頃には、ますます暑く、
観光に出かける前に、もうすでに、ゆで蛸状態だった。
2010年3月1日月曜日
とうとう3月

土曜日にスーツケースが届いた。
丁度、中位の大きさのスーツケースを
持っていなかったのでネットで購入したのである。
届いてみてびっくり。
よく見ると、ファスナー式だった。
私の好きな色、真っ赤なスーツケースだ。
この真っ赤なスーツケースを持って、
バンコクに遊びに行く予定である。
今、バンコクは真夏らしい。
35℃位あるらしいが、
ここのところすっかり冬に慣れている
私の体が順応できるのか少し心配である。
夏服はかさばらないのがいい。
スーツケースにいれても自然と空きができるので
お土産もいれらてよい。
タイ式マッサージや、安くて美味しいタイ料理、
きらびやかな仏教寺院や、世界遺産のアユタヤ、
それに水上マーケット。
でも、一番楽しみなのは友人に会えることである。
2010年2月20日土曜日
挑戦するべきか、せざるべきか。。。
久し振りにやってしまいました。
昨夜はこたつでウトウト寝てしまいました。
気がつけば、朝の4時半。
勿論、電気、暖房つけっぱなしです。
しかし、このこたつでウトウトするのって、
気持ちいいんですよね。
どうしよう?
さて、ベッドに向かうべきか、向かわざるべきか?
でも、寝室は寒いしな。。。
なんて30分間うだうだ考えた挙句、
そうだ!5時からオリンピック見よっと!
てなわけで、
朝から大回転を見てしまいました。
ノルウェイの選手、すごかったですね。
カッコよかったぁ。。。
しかし、或る選手はフラグに引かかり転倒し
体を山の斜面にひどくぶつけていましたが、
大丈夫だったのでしょうか?
放送中はヘリコプターの到着を待っていましたが?
しかし、オリンピックに出場する選手でさえ
あのような事故が起きるんですから
考えたら、かなりキケンな競技ですよね。
男子フィギュアスケートでは、高橋選手は銅メダルを獲得しましたね。
すごいです。ウルウルしました。
でも、もっとウルウルしたのは、織田選手のアクシデントでした。
靴ひもが切れるというアクシデントにも拘わらず
最後まで、懸命に演技を続けた彼の姿を見て
思わず泣いてしまいました。
高橋選手は果敢に4回転ジャンプを飛んでいました。
成功するか、失敗するかわからない。
結果は分からないけど、もしもトライしなければ一生後悔すると思うんです。
そういう事って、誰にとっても、一生に何度かあるのかもしれません。
まさに、挑戦することに意義があるのです。
本当に後悔するのは、やったことに対してではなく、
やりたかったのにやらなかったことに対してかもしれません。
その点、ペアで4回転ジャンプがやりたくて
ロシア国籍まで取得したのに、コーチに猛反対されて
4回転ジャンプを飛ばなかった某女子選手は、
きっと後で後悔するんだろうな。。。
コーチに無断で飛んで欲しかったな。。。
これって彼女にとって人生の根幹にかかわる問題
だったのでじゃないかと思うとほんとに残念な気がする。
昨夜はこたつでウトウト寝てしまいました。
気がつけば、朝の4時半。
勿論、電気、暖房つけっぱなしです。
しかし、このこたつでウトウトするのって、
気持ちいいんですよね。
どうしよう?
さて、ベッドに向かうべきか、向かわざるべきか?
でも、寝室は寒いしな。。。
なんて30分間うだうだ考えた挙句、
そうだ!5時からオリンピック見よっと!
てなわけで、
朝から大回転を見てしまいました。
ノルウェイの選手、すごかったですね。
カッコよかったぁ。。。
しかし、或る選手はフラグに引かかり転倒し
体を山の斜面にひどくぶつけていましたが、
大丈夫だったのでしょうか?
放送中はヘリコプターの到着を待っていましたが?
しかし、オリンピックに出場する選手でさえ
あのような事故が起きるんですから
考えたら、かなりキケンな競技ですよね。
男子フィギュアスケートでは、高橋選手は銅メダルを獲得しましたね。
すごいです。ウルウルしました。
でも、もっとウルウルしたのは、織田選手のアクシデントでした。
靴ひもが切れるというアクシデントにも拘わらず
最後まで、懸命に演技を続けた彼の姿を見て
思わず泣いてしまいました。
高橋選手は果敢に4回転ジャンプを飛んでいました。
成功するか、失敗するかわからない。
結果は分からないけど、もしもトライしなければ一生後悔すると思うんです。
そういう事って、誰にとっても、一生に何度かあるのかもしれません。
まさに、挑戦することに意義があるのです。
本当に後悔するのは、やったことに対してではなく、
やりたかったのにやらなかったことに対してかもしれません。
その点、ペアで4回転ジャンプがやりたくて
ロシア国籍まで取得したのに、コーチに猛反対されて
4回転ジャンプを飛ばなかった某女子選手は、
きっと後で後悔するんだろうな。。。
コーチに無断で飛んで欲しかったな。。。
これって彼女にとって人生の根幹にかかわる問題
だったのでじゃないかと思うとほんとに残念な気がする。
2010年2月14日日曜日
とうとう始動
とうとうThe Stranglers の新譜が3月1日に発売されます。
それに先行して、シングル"Retro Rockets"が
一週間後にダウンロードのみで発売されます。
ダウンロードのみというのが、30年以上活動している
バンドですが、時代を取り入れているようで面白いです。
私も20年以上ファンやってます。ふふ。。。
下のビデオはRetro Rocketsのリハーサル風景です。
"Retro Rockets"
"I Don't See the World Like You Do"
私はこちらのほうが好きです。
ただ、どちらの曲も少しインパクトに欠ける印象があります。
4月にはフェスティバル出演とはいうものの来日するし、
The Stranglers、春に向けて動きだしましたね。
私の人生も、春に向けて動きだします。
それに先行して、シングル"Retro Rockets"が
一週間後にダウンロードのみで発売されます。
ダウンロードのみというのが、30年以上活動している
バンドですが、時代を取り入れているようで面白いです。
私も20年以上ファンやってます。ふふ。。。
下のビデオはRetro Rocketsのリハーサル風景です。
"Retro Rockets"
"I Don't See the World Like You Do"
私はこちらのほうが好きです。
ただ、どちらの曲も少しインパクトに欠ける印象があります。
4月にはフェスティバル出演とはいうものの来日するし、
The Stranglers、春に向けて動きだしましたね。
私の人生も、春に向けて動きだします。
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